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  • 2015 30 June

    Director's Report 3 -寺子屋かぐれLife vol.3 中編-

    古事記の内容に入る前に、もう少し神話の持つ意味について触れます。


    ■まず、スイスの精神科医・心理学者ユングのアフリカでの体験から。

    「太陽が昇る時、それが神だ」と言った東アフリカのエルゴン山中の住民について。
    ここから「太陽=神」と考えるのが現代の特徴ですが、
    彼らは光の来る崇高な「体験」そのものを「神」と呼んだのです。

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    あたまのなかの概念として、固定して捉えようとすると間違います。
    わたしたちは「からだ」の体験によってしか本当には理解できないのです。
    ですから、個々の体験を持ち寄って共有することで、普遍的な理解ができます。
    神話はこのような「体験」の共有にあたります。


    ■アメリカの心理学者、ジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙-意識の誕生と文明の興亡』によると、
    人間は3000年前まで、常に神々の声を聞いて従っていて、
    わたしたちに自由意志はなかったといいます。
    ホメロス、オデュッセイアなどに描かれているのもそのような世界です。

    また、能楽師である安田登の『身体感覚で「論語」を読みなおす。―古代中国の文字から』 には、
    「心」は3000年前にできた文字で、それまでは心の概念がなく、
    人は自由意志を持たなかったと書かれています。

    それ以前は、ひざまずいて神からの啓示を受けている姿を現す「命」があり、
    運命、天命を受けていました。
    「心」ができて、自由意志をもつようになった、と。
    3000年前からということで、ふたりの説は一致しています。

    人間が、どのようにして自由意志を持って神と分離したかというと、
    言葉を持ち、意識を知ったからだそうです。
    それによって比喩、ものがたりを理解するようになり、
    代償として右脳(イメージ)・左脳(言語)を分離してしまう。
    つまり、言語を持つことによって人間となって、「神」を外部化してしまったのです。

    神々が言語によって沈黙している、と書いたジュリアン・ジェインズは、
    統合失調症の人や、幻聴、啓示などで神々の言葉が現れるとも述べています。

    しかし、日本人は「自ら」と書く時、
    「みずから(=自分で)」と「おのずから(=自然に、勝手に)」の
    対照的なふたつの意味を重ねてきました。

    おのずから、の大きな意思と、みずから、の自分の意志との、
    「あわい」の存在として生きていたのです。
    このような、日本人の感覚は面白いものです。

    そして日本人の神話から日本人がどう産まれてきたか、
    どう問題を解決してきたかが、見えてきます。

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    ■葛藤と抑圧と、病。

    意識の中で生まれた葛藤を、わたしたちは抑圧して、
    心やからだにしまい込んでしまいがちです。

    意識の中では解決したように思いますが、
    無意識の中にしまい込んだだけで、これは解決していません。
    このように抑圧すると、葛藤の種は「影」になってしまいます。

    わたしたちの中に存在する「影」は、心とからだの言語として、
    つまり症状としてでて表出してきます。

    例えば、受け入れたくないものがあるから耳鳴りがしたり、
    世界とのバランスがとれなくなってくるとめまいがしたり、というように。
    頭の中の葛藤が、からだに押し込められ、その無意識な表出が病になります。

    また、「影」は自分の問題から避けて、他者へ投影されることでも認識されます。
    葛藤の解決法としては、ひとつ上の次元から見ることがあります。
    自分が成長することによって、視点を上げて葛藤の要素を眺め、
    俯瞰的に認識できるようになると解決されるのです。


    ■鏡

    他者は自分の鏡であって、鏡に映っているのは本当の自分です。
    神道で、三種の神器のひとつである鏡は、
    「かがみ」の「我(が)」を抜いて、「神(かみ)」の存在としての自分の神性をみる道具であり、
    鏡が神器である根拠となっています。

    自己認識から世界の認識に到る知恵のひとつとして、
    日本神道の修行のなかにも鏡を使うものがあるそうです。

    そのように、神道の中にも心の問題を解決する様々な方法があるのですが、
    医療の側面から見ても、日本人は古くから、
    こころやからだの知恵を芸術の中にパッケージ化して保存しているそうです。

    先生が西洋医学や代替医療など、いろいろな方法を学びながら、日本の古典芸能を習ってみると、
    能や尺八の呼吸法、武術、舞踊などに、
    日本人の身体的な知恵が圧縮されてつまっていることが感じられると言います。

    話が少しズレますが、
    ファッションを扱い、ライフスタイル提案を行っている「かぐれ」という場所で、
    先生がこのようにお話をしてくれるのも、その美的なものを大切にしているからです。

    人間に大切なものに「真・善・美」がありますが、
    「真・善」は独断的になりやすく、争いが産まれます。
    そこに調和として働く「美」があり、<真善美>が統合されるのです。

    このように「美」を扱うということは、
    いろんな葛藤を美的に昇華して対立的なものを統合していく意味があるのです。

    ですので、お店という場所も、貨幣や欲望の交換でなく、
    「美」と人間におけるいのちとはなんなのか、
    という連続性の中で存在して欲しいという希望をもっていて、
    そんなわけでかぐれの営みに協力しているのです、と断言してくださいました。


    ■神話と宇宙的秩序

    「なぜ人は産まれてきたのか。なぜ死ぬのか。」というWHY?に答えられないから、
    人はHOW?に変換して科学を発展させてきました。
    つまり「どのようにして産まれてきたか、どのようにして死ぬのか」ということです。
    このWHY?に答えるのが神話の役割です。

    大江健三郎の『「自分の木」の下で』には、
    それぞれ森に行くと、必ずひとつ、自分の木があり、
    それによって支えられて、自閉症が解決されていくことが描かれていますが、
    悩みを抱えた人の話を辛抱強く聞いていると、いつの間にか「支える存在」が生まれてきます。

    すると結果、問題は変わっていなくても、
    その人の不安は解決されていたりするのです。

    発達心理学によると、人は4歳で自分が死ぬことを理解し、
    10歳で私という存在が唯一だと理解するといいます。
    支えがなくなるから人間は不安になるので、
    その支えになるのがその人にとっての神話といえます。

    以上、古事記の話に入る長い前振りを話し終えたところで、中編のレポートを終了します。
    後編は古事記の内容に踏み込んでいきます。


    かぐれショップディレクター 渡辺敦子

    Posted at 17:43 | link

店名:表参道店
住所:東京都渋谷区神宮前4-25-12 MICO神宮前
TEL:03-5414-5737
営業時間:11:30〜20:00
定休日:不定休


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