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  • 2015 30 June

    Director's Report 3 -寺子屋かぐれLife vol.3 後編-

    まずここで「古事記を読んだことがある方?」と会場に聞いてみると、
    読まれた方は二人ほどでした。

    国家神道(神道とはまった別物です)を戦争に利用したトラウマもあって、
    神話を教えなくなってしまった経緯がありますが、
    日本がどんな風に生まれたかという大切な話が描かれているので、ぜひ読んで欲しいと先生より。

    life


    1、 天地の初め

    まず、別天神五柱が誕生し、その後イザナキとイザナミ(男女の人間)が誕生する。
    最初に登場する神様はアメノミナカヌシ。
    自然現象を見た時に、天から雨がふってきて、
    それが海になっていくので、それをひとつながりと捉えて、
    日本語では、天も雨も海も「アメ」とか「アマ」と呼びます。

    空は、上に広がる空虚なものとしていて、その上に天があり、
    その天の中心から出てきたのがアメノミナカヌシです。

    ■世界のはじまり

    天地のはじまりは、日本書紀では「水の上に浮かんでいる魚のように浮かれ漂っている状態」、
    古事記では「くらげのように漂っている状態」と記され、
    そこに神々が自然に生まれてくる「自然生成型」で、
    聖書のように「神による創造の物語」とは異なっています。

    人間は、アオヒトクサとして登場し、植物のメタファーで捉えられています。
    最初に誕生したアメノミナカヌシたち三神の次に生まれたウマシアシカビヒコチノカミは、
    葦の芽が立ち上がる力をあらわしていて、
    その後に続く神々の登場にも、植物のいのちが育つイメージが感じられます。

    ところで、『日本書紀』は岩波文庫でも全五巻もあって、確かに読みごたえのあるものですが、
    日本書紀では本文に添えられた注の形で「一書に曰く」という具体例が繰り返され、
    多くの異伝、異説を書き留めているという特長があります。

    神話というのは、一般には政治の都合で改ざんされたりもしがちですが、
    日本書紀は、一般論と具体論の併記を繰り返す構成をとり、
    対外的な歴史書でありながらもフェアな存在であると言えます。

    ■トライアッド(triad)

    国の土台を支える三神が「アメノミナカヌシ・タカミムスヒ・カミムスヒ」ですが、
    日本神話の神々の構造は、
    このような3つの構成要素がバランスを取るトライアッドの構造です。

    グーチョキパーの三つ巴の構造とは違い、中心に置かれるのは無為の存在です。
    ドーナツの穴のように中心に「空」を置き、
    左右がバランスを取る役割を担っているのです。

    例えば、日本神話に登場する「アマテラス・スサノヲ・ツクヨミ」の三神の中でも、
    ツクヨミは無であり何もしない存在です。
    ここには、何もしていないことをしている存在、が大切とされる
    日本文化の真髄が現れていると言えますし、
    組織の中などでも、何もしないと思われている存在が、実は大切だったりもします。


    2、イザナキ・イザナミの誕生

    この二神から国土や神々が生まれます。その後、火と死が生まれます。

    ■『死』の神話

    イザナキはイザナミを死なせた火の神を切りますが、そこからも神が誕生します。
    イザナギは黄泉の国を訪れ、
    イザナミの『見るなの禁』を破るとイザナミの死体が腐乱します。

    逃げるイザナギを追いかけたイザナミが「あなたの国の人を1000人殺す」と言った時、
    イザナミは「それなら1500人を産む」と答えます。
    日本神話では、このように死を超える生を創造することで、死を解決させました。

    前回の講座でも話されましたが、
    いのちは、受け取ることを決めたら受け取ることができるものです。
    死の連続の中で、死んだ人の思いを受け取りながら生きる、
    そのようにいのちが繋がっていきます。

    ■『火』と意識

    ギリシャ神話では、プロメテウスが神から火を奪ってきてゼウスに罰せられますが、
    火は「知る」や「意識」のメタファーとされ、
    ギリシャ神話や聖書では手に入れると罪とされる方向です。

    しかし、日本ではイザナミ(女性神)の自己犠牲で人間が火を得ました。
    ただ与えられたということです。

    ■原罪と原悲

    聖書に書かれている、生まれながらの罪「原罪」が
    日本人には理解しがたいところがあります。

    隠れキリシタンが用いていた聖書「天地始之事」によると、
    最終的には信者が全員天国に行く事が約束され、原罪が消えてしまっています。
    「原罪」が日本人には受け入れられず、口承しているうちに消えてしまったようです。

    「原罪」にかわるものとして、日本人には「原悲」があります。
    和歌や俳句にうたわれているような、移り変わる季節に感じる悲しみなどがそれです。
    日本神話の中では、恨みは「歌の交換」という美的な形の中で解消されていきます。

    つまり、葛藤は美的に解決されているのです。
    その美の背後には深い悲しみの感情が流れていて、
    それを「あわれ」と呼びました。

    life


    3、アマテラスオオミカミとスサノオ

    アマテラスは天を治める事を命じられる。
    スサノヲは母イザナミとの別離で慟哭し、
    イザナキから命じられた海を治める事を拒否する。
    それによって様々な被害が起こり、イザナキはスサノヲを追放。

    スサノヲはアマテラスの高天原に事情を説明しに行くが、
    アマテラスは警戒し、武装して待つ。
    スサノヲは身の潔白を証明するため神々を生む(「二神の誓約」)。

    潔白が証明されたスサノヲは浮かれ、暴れるがアマテラスはすべて善意に解釈する。
    しかし最後には天の岩屋戸に隠れてしまう。

    暗くなってしまった夜の世界に八百万の神が集まり、
    アメノウズメの舞によって神々が笑い(ひ)、
    「尊き神が現れたから」と言って鏡を見せて、アマテラスを外に出す。
    世界に光が戻る。

    ■神々の成長:神々の世界は内的世界のメタファー。神々も学び、成長する。

    ・アマテラス
    悪気のないスサノヲを疑い武装する→誓約の後はスサノヲを必死にかばう
    →自ら天岩戸に引きこもる

    天岩戸に隠れることによって、輝く太陽神だったアマテラスの「光と影」が統合されます。
    そこに来ているという尊い神が気になって天岩戸から出ますが、
    実は見せられているのは、鏡の中の自分の姿でした。

    心理学的には、ここで自分の中の影の部分が統合され、
    コンプレックスが克服されて葛藤が解決し、成長しています。

    ・アメノウズメの踊りに八百万の神が「笑い」ますが、
    ここでは、「笑い」を「咲ひ」と書きます。
    つぼみがひらく、その時場面が開け、世界が開かれるのです。

    新潟県の民話である「鬼が笑う」でも、
    鬼を笑わせることで窮地を脱する物語が描かれています。

    ■「見畏む(みかしこむ)」

    イザナキがイザナミの腐乱した死体を見た時や、
    ニニギがイハナガヒメを見てコノハナサクヤヒメと結婚する時などに、
    「見畏む」という表現が出てきます。

    これは生と死、有限と無限など、世界が分離される時、
    人間は片側に属し、他の側(聖なる側)へは容易に入る事ができません。

    この、手の届かない存在が「カミ」です。
    人間は死すべきものとしての自覚を持ちつつ、
    永遠のものに対して「畏む」という、畏れをもった態度を持たなければならないという事です。


    かぐれショップディレクター 渡辺敦子

    Posted at 18:09 | link

店名:表参道店
住所:東京都渋谷区神宮前4-25-12 MICO神宮前
TEL:03-5414-5737
営業時間:11:30〜20:00
定休日:不定休


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